東京高等裁判所 平成10年(う)1804号 判決 1999年9月16日
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役一年六月に処する。
原審における未決勾留日数中九〇日を右刑に算入する。
この裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人鎌田正聰が提出した控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。
論旨は、要するに、原判決は、被告人が丙田こと甲野太郎(以下「甲野」という。)と共謀の上、大麻の乾燥植物細片94.932グラムを所持したと認定しているが、被告人は甲野と大麻所持を共謀した事実も、大麻を所持した事実もないから、原判決の認定には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある、というのである。
そこで、訴訟記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討する。
第一 事実誤認の主張について
一 原判決が認定した事実の要旨は、「被告人は、丙田こと甲野太郎と共謀の上、みだりに、平成一〇年三月七日、東京都台東区上野公園一番六五号の警視庁上野警察署公園前交番付近路上に停車中の普通乗用自動車内において、大麻を含有する乾燥植物細片94.932グラムを所持した。」というものである。
二 原審及び当審を通じて争いがなく、証拠上明らかな事実は、次のとおりである。
1 被告人は、平成一〇年三月七日午後八時一五分ころ、原判示の路上に普通乗用自動車を停車させた後、パトカーで警ら中の平山義春巡査及び中里順一巡査から、駐停車禁止場所違反の疑いで職務質問を受けた。平山巡査が運転席にいる被告人から運転免許証の呈示を受けて前歴等を照会している間、中里巡査が車の前部を回って助手席側に行き、車内で電話をかけ終わった甲野に職務質問をしようとしたところ、同人が助手席のドアを開けて降車したが、その途端、被告人は助手席のドアが閉まらないうちに車を急発進させ、JR上野駅方向に走り去った。
2 被告人が車で走り去った後、中里巡査は、甲野の足下に茶封筒が落ちているのに気づき、甲野に「お前の持っていた物が落ちたぞ。」と言うと、甲野は「知らねえ。」と答えたので、中里巡査はこれを拾って平山巡査に渡し、両巡査は、甲野を上野警察署公園前交番に任意同行した。同交番内において甲野立会のもとで茶封筒の中身を確かめたところ、大麻様の物が入っていたので予試験をし、大麻の陽性反応が出たため、両巡査らは、甲野を大麻所持の現行犯人として逮捕した。
3 被告人は、翌八日昼ころ、甲野の実兄の丙田二郎方を訪れ、携帯電話の充電器の入った箱を手渡した。被告人は、その約一時間後に更に同人方を訪れている(その際の被告人と甲野の実兄との間の会話の内容は後記認定のとおりである。)。
4 なお、被告人と甲野とは、平成八年四月下旬ころ、警視庁向島警察署の留置場で知り合ったものである。被告人が大麻取締法違反の罪につき不起訴処分で釈放された後、甲野に差入れをした。甲野は、窃盗罪の事件で有罪判決を受け服役したが、仮釈放で出所した後の同九年夏ころ、被告人に連絡をとって再会し、両名は同年秋ころから本件当時まで、被告人が甲野方を訪れるなどして頻繁に会っていた。
三 甲野の原審公判廷における証言は、原判決が要約しているとおりであるが、その要旨は、以下のとおりである。
1 被告人から、大麻を買う金が足りないので貸してくれと持ちかけられていたが、断っていた。平成一〇年三月五日東武曳舟駅辺りで会った際、大麻一〇〇グラムを一〇万円で買い、うち三〇グラムを六万円で売るが、四万円足りないので貸してくれという話があった。三〇グラムを買ってくれる客は代々木でコンピュータか不動産屋をやっている先輩だとか言っていた。一応断ったが、被告人の方で金ができず私の方で金ができれば貸してやると答えた。
2 同月六日夕方、被告人と曳舟駅で会い、被告人の車で新宿に行った。途中、被告人から金ができなかったので四万円貸してくれと頼まれた。私は、私の彼女の婦人用ローレックスの時計を入質して四万円以上借りられるようであれば貸してやると答えた。その日はその時計を見てもらおうとした貴金属商と会えず、自分の仕事関係の人と風林会館一階の喫茶室で会った後、「大番寿司」で被告人と一緒に食事をした。午後八時ころから寿司を食べ、ビールを飲んで、その後被告人の車で自宅まで送ってもらった。
3 同月七日午後三時三〇分ころ、曳舟駅で被告人と会い、前日会えなかった貴金属商の杉浦清巳と午後五時に日暮里で待ち合わせる約束をしたので、その前に、上野や秋葉原に行って時間をつぶした。杉浦とは日暮里駅構内の喫茶店で同人の部下の松本とともに会い、被告人も同席した。杉浦にローレックスの時計を見せ、新宿の質店に電話してもらい、四万円借りられることになった。被告人は予定があるということだったので、そこで別れた。別れるとき、四万円を渡してやった。ラーメン屋で食事をした後、杉浦らと別れ、山手線で新宿に行き、東口にあるカワノ質店に行って、ローレックスの時計を入質し四万円を借りた。その後、パチンコ店で知人に会い借りていた二万円くらいを返し、そこでスロットをしている時、被告人から電話がかかってきて、近所まで来ているということだったので、会うことになった。
4 同日午後七時三〇分過ぎに、新宿で被告人の車に乗せてもらい、私の女友達を迎えに行くため、上野駅に向かった。被告人はヨドバシカメラに行く用事があると言っていた。車のコンソールボックスのところに、茶封筒が置いてあったので、大麻を買ったのかと思い「これか。」と聞いたら、被告人は肯いた。茶封筒の中身を見たところ、ビニール袋に入った茶色いものだったので大麻だと分かった。あまり目に見えるところに置いておきたくないという気持ちから、これを自分の足下に置いた。私はこれを膝の上に置いたことはない。
5 被告人は、原判示の場所に車を停めると、ヨドバシカメラに行くと言って一人でどこかへ行った。一〇分くらいして被告人が戻ってきたが、携帯電話を買ったらしく、何か手に持っていた。私にPHSをくれた。その後、警察官が職務質問をしてきた際、被告人が「降りちゃってください。」と言うし、私も上野駅に行きたかったので、自分のバッグを持って車を降りた。ドアが閉まらないうちに、被告人が車を急発進させ、すぐまたバックしてきたので、私は倒れそうになり、警察官に支えられた。この時、地面に大麻の入った茶封筒が落ちていた。警察官から「これは何だ。」と言われて、交番に連れて行かれた。私は茶封筒を持って車から降りていないし、これが地面に落ちるところも見ていない。その後、私は大麻所持の現行犯人として逮捕された。
四 前記三の甲野の原審証言について、原判決は、具体的で、特に不自然不合理な点も見当たらないと説示している。また、甲野が被告人と共同で大麻の取引を行っていたのではないかという疑いについても、少なくとも三月六日及び七日の状況に関する限り、体験した者でなければ供述し得ない臨場感もあり、ローレックスの時計を質入れして四万円を借りている点について裏付けもあって、信用性が高いと説示している。
確かに甲野の原審証言は、具体性、迫真性を備えている部分が存することは原判決が説示するとおりであり、また、三月七日の行動のうち、甲野が杉浦と日暮里駅構内の喫茶店で同人の部下の松本とともに会い、被告人が同席したこと、杉浦にローレックスの時計を見せ、新宿の質店に電話してもらったこと、新宿東口にあるカワノ質店に行って、ローレックスの時計を入質し四万円を借りていること、甲野がパチンコ店にいたという午後七時過ぎころ、被告人から甲野に電話がかけられていること、さらに、甲野は被告人からPHSを譲り受けていること(この点については後記判断のとおり)については、これらを裏付け、あるいはこれに沿う証拠がある。したがって、甲野の前記証言のすべてが虚偽であるとか、作り話であるといえないものと考えられる。
他方、原審証人平山及び当審証人中里の各証言(両証言間に特段食い違いはない。)並びに現行犯人逮捕手続書謄本(原審証拠関係カード検甲第一号証)によれば、前記二の2の職務質問前後の状況について、両巡査が現認したところは、おおむね次のとおりである。
平山巡査が運転席の被告人に職務質問をし始めたとき、助手席にいた甲野は携帯電話で電話中で、その膝の上に茶封筒、セカンドバッグ、携帯電話の箱のような物を持っていた。中里巡査が車の前部を回って助手席ドアの側に行き、電話をかけ終わった甲野に職務質問をしようとしたところ、甲野は助手席ドアを開け「駅で人と待ち合わせている。」と言って、茶封筒とセカンドバッグとを持って、車から降りた。その瞬間、被告人運転の車が急発進し、ガードレールに左前部を衝突させ、さらに後退させたので、中里巡査は、甲野の身体を後ろから支えてガードレールの方によけさせた。車が再び前進して走り去った後、甲野はセカンドバッグを持って立っていたが、同人の足下に茶封筒が落ちており、これに気付いた中里巡査が「お前の持っていた物が落ちたぞ。」と言うと、甲野は「知らねえ。」と言ったので、中里巡査は茶封筒を拾って平山巡査に渡し、駆けつけた近くの上野警察署公園前交番の警察官とともに同交番に甲野を任意同行した。
以上によれば、甲野の原審証言は、①車内で甲野が茶封筒を自分の足下に置いており、膝の上に置いたことはないという点と、②甲野が茶封筒を持って車から降りていないという点の二点において、平山原審証言及び中里当審証言に反していることが明らかである。そこで検討するに、原判決は、①について、原審証人平山は、甲野が携帯電話の入っていた袋をたたんで持っていたのを見間違えて、後に発見した本件茶封筒と混同した可能性も否定できないとし、②について、甲野の足下にあった茶封筒を、甲野が降車した際に、被告人が車外に放り出した可能性も高いとして、甲野証言の信用性を損なうものではないと説示している。
しかしながら、①についてみると、甲野は、茶封筒を膝の上に置いていない理由として、車のコンソールボックスのところに茶封筒が置いてあり、その中身が大麻であると分かったので、あまり目に見えるところに置いておきたくないという気持ちから、これを自分の足下に置いたと証言するところ、その内容それ自体必ずしも自然な行動ではない。のみならず、原審証人平山の証言のほか、より近くで甲野の言動を目撃していた当審証人中里も、甲野が膝の上に茶封筒を置いていた旨を明確に証言していて、携帯電話の袋と見間違うことなど考えられない。車内で甲野が茶封筒を膝の上に置いていたことは明らかであり、茶封筒は足下に置いていた旨の甲野の原審証言は、信用できない。②についてみると、当審証人中里は、甲野が茶封筒とセカンドバッグを持って車から降りたと明確に証言しており、右証言の信用性に疑いを差し挟む余地はない。この点、原判決は、被告人が茶封筒を車外に放り出した可能性も高いと説示しているが、そうだとすると、中里巡査及び平山巡査に見られることなしに、被告人が助手席に体を傾けて、茶封筒をとり助手席ドアから放り投げたという不自然な動きをしたことになるのであって、右説示は説得力に乏しく、証拠に基づかない憶測の域を出ていないというほかない。右説示は到底採用できず、茶封筒を持って車外に出たことを否定する甲野の前記②に関する証言部分も、中里証言等と対比して信用できないものといわなければならない。
また、原判決は、一般論であるとしつつ、甲野証言について、甲野は自己の法廷で刑責を認め、累犯前科もあるので実刑を免れないから、被告人の関与を供述することにより自己の刑責が顕著に軽減されるという関係にはないとして、甲野証言の信用性を判断するに当たり、共犯者による引っ張り込み供述の危険性の点を過大視するのは必ずしも適当でないという。
しかしながら、関係各証拠によれば、甲野は、逮捕当初は大麻所持の事実を完全に否認していたものであるところ、封筒の口をガムテープで止めて二つ折りにした本件茶封筒の内側から自己の左手拇指及び右手拇指の指紋が検出され、そのことを告げられた後に、後記三に要約した限度で本件大麻所持の事実を認める供述をするに至ったという経過がある。その上、前記①や②の点について、甲野の証言が全く信用できず、甲野は本件大麻の入った茶封筒を車内において自己の膝の上に置き、平山巡査及び中里巡査から職務質問を受けるや、茶封筒を持って車から降りたことが前提となるべき事実である。そうすると、他人の車内で自己の膝の上に物を置き、また、それを持って降車するのは、通常それが自分の物である者のとる行動と思われることに照らせば、本件大麻は甲野の所有である可能性もあるといえるのであり、甲野証言の信用性を判断するに当たり、引っ張り込み供述の危険性を過大視するのは必ずしも適当でない旨の原判決の説示には大きな疑問がある。このようにみてくると、確かに、甲野証言の一部には裏付けもあって、すべてが信用できないとはいえないものの、前記①や②の重要部分において甲野証言に信用性がないと判断する以上、大麻の入手経緯等に関する前記三の1ないし3の甲野の証言部分の信用性についても疑問を差し挟む余地はあるということになるのであり、これをすべて信用できるものとして、これを根拠に被告人に対し本件大麻の共同所持の事実を認定することにはなお慎重を要するものがあるといわなければならない。
五 そこで甲野証言をひとまず措いて、被告人に対して本件大麻の共同所持の罪責が問えるかについて検討を加える。
関係各証拠によれば、以下の事実が認められる。
1 甲野は、「被告人が覚せい剤や大麻をやっていたと聞いたことがあるし、被告人が大麻や覚せい剤を持っているところを見たこともある。被告人が薬物を受け取ったり、渡しているのを見たことも何度かある。」旨証言し、他方、被告人は、「甲野は、自分の知人に勝手に電話し、自分(乙川)には内緒だが、大麻を買わないかという話を持ちかけたことがあると聞いている。」旨供述しており、甲野及び被告人はそれぞれ相手が薬物にかかわる者であることを十分認識していた。
2 三月七日に被告人が運転する車に甲野が同乗した上、新宿から上野に向けて走行中、同車内には本件大麻が入った茶封筒があり、職務質問を受けた原判示の場所において、甲野がこれを膝の上に置いていたことは、前記のとおりであるが、原判示の場所に至る前の段階において、甲野は茶封筒の中に大麻があることを確認しており、したがって、少なくともこのとき以降は、甲野が助手席において茶封筒を膝に置くなりしていたことが推認されるところ、その横の運転席で車を運転していた被告人においては、甲野が茶封筒入りの大麻を膝の上においていたことを十分認識し得る状況にあった。
3 原判示の場所で職務質問を受けた際、被告人は平山巡査に運転免許証を呈示して渡したが、甲野が本件大麻が入った茶封筒を持って降車するのを見るや、助手席ドアが閉まっていないのに、車を急発進させ、さらに後退させた上前進させるという異常な方法でその場から逃走した。
4 前記二の3のとおり、被告人は、三月八日二度にわたって甲野の実兄方を訪れているが、二度目に訪ねた際には、被告人は甲野がどうしているか探りを入れるとともに、同人の実兄が何も知っていないと分かるや、同人に対し「弟さんは上野警察署に捕まっているよ。」、「詳しいことは分からない。」などと言った。
以上の諸事実を総合すると、被告人は、被告人の車の中に大麻の入った茶封筒があるのを認識、認容した上で、車を運転して原判示の場所で停車させ、同所で職務質問を受けた際、甲野が茶封筒を持って降車するや、自己が大麻所持の犯人として逮捕されるのを免れるために、運転免許証を警察官に渡したままその場から逃走したものであることが推認でき、また、茶封筒に大麻が入っていることを認識していたからこそ、甲野が大麻所持で捕まっていると考え、甲野の安否を気にしつつ、同人の実兄に甲野が捕まっていることを伝えにいったものと認めることができる。
これに対して、被告人は、右1について、甲野が薬物にかかわっていたことを肯定する一方で、自らの薬物とのかかわりを否定する。しかし、関係証拠によれば被告人の知人等に薬物にかかわる者が多いことが認められ、自らの薬物とのかかわりを否定する被告人の供述は信用できない。右2につき、茶封筒に全く気がつかない旨の被告人の供述は、前記の状況に照らして不自然であって到底信用できない。右3について、被告人は、警察官から「酒臭いな。」と指摘され、酒気帯び運転で検挙されるのをおそれてその場から逃走したと供述する。しかし、平山巡査は、被告人が酒臭かったというようなことはなく、被告人に「酒臭いな。」と言ったこともないと明確に証言し、中里巡査もこれに符合する証言をしており、被告人の右供述は信用できない。また、被告人の運転免許に関する行政処分歴等に照らすと、被告人がいうような免許取消しといった行政処分を受ける可能性もなかったのであるから、被告人の弁解は不自然かつ不合理というほかない。右4について、被告人は甲野が捕まっていると発言していないと供述するが、右供述は、信用するに値する丙田二郎の供述に対比して、信用できない。右1ないし4に関する被告人の弁解ないし供述はいずれも採用できず、前記の推認を覆すに足りるものはない。
以上によれば、被告人が原判示の日時、場所において、甲野と共謀の上、本件大麻を所持していた事実は優にこれを認定できる(なお、弁護人は、被告人は本件犯行日の前日である三月六日に甲野と会っていないと主張するが、右主張も要するに甲野証言の信用性を弾劾する趣旨のものであるところ、甲野証言の信用性についての当裁判所の判断は前記のとおりであるから、右主張に対する判断はしない。)。
六 右のとおりで、原判決には甲野の原審証言を全面的に信用できるとしている点で疑問は残るが、同証言を除外しても、関係各証拠を総合すると、原判決が認定した(犯罪事実)はこれを認定することができるから、事実誤認をいう所論は採用できない。
事実誤認をいう論旨は結局理由がない。
第二 量刑について
そこで次に、職権をもって原判決の量刑についても検討を加えることとする。
原判決は、原判示の事実を認定した上、被告人を懲役二年六月の実刑に処している。
原判決の量刑は、(事実認定の補足説明)における説示に照らすと、甲野証言をすべて信用できるとして、これ根拠にして、本件は、被告人が大麻を売却して得る六万円の原資と甲野から融通された四万円とで大麻約一〇〇グラム(実際は94.932グラム)を購入し、これを車中で甲野と共同所持したものであるとの事実関係を前提にして、その刑を量定したものと考えられる。
しかしながら、その前提である本件大麻の入手経緯等に関する前記の甲野証言、特に前記第一の三の1ないし3の証言内容について、一部に裏付けもあってすべてが虚偽であるということはできないが、他面、これを全面的に信用することができないことは、前記のとおりである。したがって、量刑を考えるに当たっても、甲野証言に沿った事情を前提に判断することには疑問がある。もっとも、甲野が所持していた携帯電話から、本件当日である三月七日に第三者に発信している事実は認められないし、また、逮捕時甲野が所持していたPHS(電話番号<省略>)は、関係証拠によって認められるその発信先等に照らすと、もともと被告人が所有していたものとみるのが自然である。したがって、警察官による本件職務質問の前に、被告人からこれをもらった旨の甲野証言は信用できるところ、このPHSの発信状況や、被告人が所持していた別の携帯電話(電話番号<省略>)の発信状況を総合すると、被告人が第三者と頻繁に連絡を取っていることが窺われ、これが本件大麻の購入に関係しているのではないかという疑いも否定できない。しかし、被告人が大麻の密売人と連絡を取って大麻を購入してきたものであるとしても、甲野証言がいうように代金の一部である四万円を甲野から借り入れて、被告人が本件大麻を買い入れたというほかに、代金を現実に負担するのは甲野で、被告人は単なる使い走りであるということも考えられなくはない。それだけでなく、本件では、甲野が大麻を入手し、被告人運転の車にこれを持ち込んで、被告人と共にこれを移動させたという可能性も完全に否定できるわけではない。
したがって、原判決がその量刑の基礎としたと考えられる事実関係には合理的な疑いが残るといわざるを得ず、量刑に関する事情とはいえ、この点は疑わしきは被告人の利益に解さざるを得ない。
そうすると、本件では、原判決の量刑をこのまま維持することは、正義に適わないといわざるを得ず、職権をもって破棄するのが相当であると考える。
本件は直ちに判決をすることができる場合であるから、更に被告人に対する刑の量定について検討を加えると、事案が約九四グラム余という大量の大麻所持であること、被告人は本件大麻の共同所持について種々不合理な弁解を繰り返していることなどにかんがみると、本件大麻の入手状況等についてはいわば真相が不明であるとはいえ、被告人の刑責は重いのであり、被告人に対しては、甲野の刑期(懲役一年八月)以上の重い刑を科するのは相当でないとはいうものの、実刑をもって臨むことが考えられないわけではない。
しかし、被告人には、これまで薬物事犯を含めて懲役刑の前科がないこと、事実を否認しつつも本件にかかわりをもつに至ったことには反省の情を示していることなど、被告人のために酌むべき諸事情も認められる。これらに加えて、本件大麻の入手状況等について結局のところ真相が明らかにならなかったことなども併せ考えると、本件で被告人を実刑に処することには躊躇せざるを得ず、今回に限り社会内で更生の機会を与えるのが相当であると考える。
第三 結論
以上の次第であるから、刑訴法三九七条一項、三八一条を適用して原判決を破棄することとし、同法四〇〇条ただし書に従い、被告事件について更に判決する。
原判決が認定した事実に原判決と同様の法令を適用し、所定刑期の範囲内で、前記のとおりの諸事情を総合考慮して、被告人を懲役一年六月に処し、刑法二一条を適用して原審における未決勾留日数中九〇日を右刑に算入し、同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予し、原審及び当審における訴訟費用は刑訴法一八一条一項ただし書によりこれを被告人に負担させないこととして、主文のとおり判決する(なお、本件大麻について、被告人はこれを所持していたが、所有していたとは認定し難いところ、刑事事件における第三者所有物の没収手続に関する応急措置法二条に定める手続が履践されておらず、また、甲野に対する判決において既に没収の判決が言い渡され、同判決は確定しているので、当裁判所はその没収の言渡しをしない。)。
(裁判長裁判官米澤敏雄 裁判官岩瀬徹 裁判官沼里豊滋)